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『人が死の直前に後悔する五つの事』

2012.02.07 Tue

FBで表題の記事が紹介されていました。
原文はこちらです。
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2012/feb/01/top-five-regrets-of-the-dying

上記を翻訳した記事はこちらのブログに紹介されています。
http://www.tommyjp.com/2012/02/blog-post_04.html
以下、引用です。

------------------------

英ガーディアンから。苦痛緩和医療に従事してきた看護師のBronnie Wareさんは、人々が死の間際において表現する後悔の内容を記録してきました。彼女によれば、人は人生の終わりに至って、ビジョンが驚くほど明確になります。私たちがそうした先人たちの達観から学べるものがあるかもしれません。今際の際に語られる人々の本当の気持ちを一緒に見て行きましょう。

1.自分に正直な人生を生きる勇気を持つべきだった。他の誰かが自分に期待する人生ではなく。
最も共通して表される後悔。人生がもうすぐ終わると知って、叶えられなかった夢の多さに気がつく。

2.あんなに働くんじゃなかった。
Wareさんが看護した全ての男性が口にしてきた。

3.自分の感情を表現する勇気を持つべきだった。
多くの人が、周囲とうまくやっていくために自分の本当の思いを抑え込んでいる。結果、本当はなれたであろう存在になれないまま終わる。

4.友達と連絡を絶やすべきではなかった。
死を目前にして古い友人のありがたみに気づくが、もはや探し出して会えるとは限らない。

5.もっと幸せになるべきだった。
最期の時を迎えて初めて、幸福は自らの選択の問題であったことを理解する。


------------------------

偶然なのかな
そういう集団意識に感応したのかな
ちょうど一年くらい前から、こういうことを意識するようになりました。

私は、とくにキャリアをつむわけでもなく、ふつうにいわゆる適齢期に結婚し、転勤族の夫とともに引っ越しを繰り返し、あたりまえのように家庭に入り、母親になり、アルバイトすらしたことがない専業主婦として子育てをする主婦でした。

そうした暮らしを13年も続けるうちに、いつしか、自分がもう一度社会の中で働くことは、もう無理ではないかと半ばあきらめのような気持ちをもっていました。

それがいま、毎日ジェットコースターのような暮らしになっていることは、10年前までは想像もできなかったのですが、ひょんなことから再び社会に一歩踏み出し、それからの10年はとにかく走り続けてきました。

(そのあたりのはじめの一歩の日々は昔々こちらにつづりました。よろしければご覧ください)

なので、今の私は、新入社員が10年間ひたすら力と実績を積み重ねるために学び続ける10年に似ていたと思います。とすれば、今の私は、新卒で仕事していた人にとっては30代後半くらいのイメージなのかな。

ちょっと歩みを緩めて、これからのことをじっくり考える頃かもしれません。
加えて、年齢的には、そろそろ子どもたちも巣立って、人生の仕上げに入っていく頃でもあります。

そういうこともあってか、昨年くらいから、仕事のスタイル、人とのつながり方が変わってきました。

1.自分に正直な人生を生きる勇気を持つべきだった。他の誰かが自分に期待する人生ではなく。
最も共通して表される後悔。人生がもうすぐ終わると知って、叶えられなかった夢の多さに気がつく。


自分をおさえて、誰かの期待に沿う生き方ではありませんでした。
自由に育ててくれた両親にも、好きにさせてくれている家族にも感謝です。
だから自分に正直な生き方ができていたと思います。
でもずっとやりたくて、いままでできていないことがあります。

明日が必ずあるなんていうことは、だれにも約束されていない。
では、それを私はいつやるんだろう。

2.あんなに働くんじゃなかった。

人生の一時期、ほんとうに寝食をけずって頑張らないといけないときがあるかもしれません。
でも、そのことでなくしてしまうものも、わたしにはありました。

いまからでもおそくない?
とりもどしたいものはなに?
そのためにてばなすことはなに?
とりもどすために、てばなすことはなに?
てばなすことはできる?

3.自分の感情を表現する勇気を持つべきだった。
多くの人が、周囲とうまくやっていくために自分の本当の思いを抑え込んでいる。結果、本当はなれたであろう存在になれないまま終わる。


飲み込んできた言葉を表現できるようになってきました。
それにともなって、後悔することが少なくなってきました。
それは手放すことがこわくなくなってきたからだと思います。
自分を正直に表現しないことで維持できるものだったら、もう、いらないと思えたとき、私は自由になってきました。

私はそういうことをやりたくない。
私はそういうことは悲しいと思う。
私はほんとうはこうしたいと思っている。

あなたとこんな風にかかわっていきたい。
あなたとこんな形でかかわり続けることはやめたい。

それはおかしいと思う。
それはすばらしいと思う。

あなたのことを大切だと思っている。
にこにこ笑顔でいてくれたらうれしい。
そのそばで、私もにこにこ笑っていたい

4.友達と連絡を絶やすべきではなかった。

一度失ってしまったと思っていたふるさとでしたが、いま、もう一度とりもどしつつあります。
それは、過去の後悔が癒されることでもありました。

5.もっと幸せになるべきだった。
最期の時を迎えて初めて、幸福は自らの選択の問題であったことを理解する。


なにがしあわせなんだろうね。

朝日とともに目覚めて
大切な人と語りいあいながら食卓を囲んで一日が始まって
土とふれて大地の恵みを育てて

仲間と笑いあって
誰かの笑顔につながると信じる仕事に汗を流して


風に吹かれ
夕焼けを眺め

火をおこし
夕餉を準備しささやかな食卓を好きな人たちと囲み

暗い闇の中で守られた灯りにともされて
本を読む

遠く潮騒の音の子守歌で
眠る

こんな暮らしができるなら、もう、それで十分すぎるくらい幸せです。

その暮らしの中には
ネオンや喧噪はなくて

自然の光と
自然の闇と
仲間と
少しの本

それで私は幸せです。
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いちいち納得、竹内さんが30代半ばに見えるわけがよく分かった。

*大切なもの・・・

締めくくりの五行がとても幸せでした。

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