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さいごのビンタ

2010.09.01 Wed

ほんとうはたくさん書くことがあります。

大学院で企画・運営を担当させてもらった「ソーシャルメディア時代のワークスタイル」が無事、3回の講座を終えたこと。
たくさんの出会いがあり、たいへんだったことも吹き飛ぶうれしいメールを参加の方たちからいただいたこと。

今、Mystyle@こだいらで同時進行に走っている5つの連続講座のこと。

次年度事業に向けて、企画・調整が大詰めなこと。

などなど。

Mystyle@こだいらは、もうノンストップで疾走しています。
その張本人でありながら、俯瞰してみているべつの私もいたりして、なんだか複雑な構成の人格になっている今日この頃です。

このブログは、Mystyle@こだいらの竹内だったり、ただの竹内だったり、素のままの自分でいたいな…ということで、今、いちばん、心が動いていることをおもむくままにつづる場です。

ということで、ここで今、文章をしたためているのは、心が動いたから。

きょう、にしがわ大学の学長の酒村なおさんに取材をしていただきました。
とてもピュアで感性が豊かな酒村さんとお話しているうちに、触発をうけたのか、過去のさまざまな場面がフラッシュバックしてきて、とまりません。

それもなぜか母の記憶とつながることばかり。
どうやら、今日の私は、こどもで居たいようです。
そんなときは、その気持ちのままに揺られて漂ってみるのもいいかもしれません。

漂う中でうかんでくるのは…

日傘をさした母の後ろを歩いた麦畑。小さかった私は麦畑の金色の海にうずもれてしまいそうでした。
レース生地の母の日傘の影が、光を受けて踊っているようでした。

喧嘩したのか、わぁわぁ泣きながら帰ってきた私を、膝に抱いて、背中をとんとんなだめながら、夕飯はなにがいい?好きなものつくろうね。って言った、やわらかく微笑んだ母のアルトの声。

それから
   
    それから…

名称未設定 1

写真は、この夏、両親の墓参で愛媛に帰省したときに、JRの車窓から写したものです。
こんな瀬戸内海の風景がいつも身近にありました。

脳梗塞で倒れた母は、最期の数年間は、ほぼ寝たきりでした。
感情をつかさどる深い部分で出血し、手術は難しく
それまであんなによく笑う母でしたが、笑顔もなくなりました。

最後の1ヶ月、食事もとれなくなり、昏睡状態で、体も麻痺して動かない母のそばで、私は二人きりになると、こっそりこどもに戻って、「お母さん、あのね」と誰にも明かせないつらい胸のうちを問わず語りでつぶやいていました。

甘えてみたかったのですね。

そんなある日
弱気につぶやいていた私に
もう動く力もないはずの母が、私に向かって手を伸ばしました。

えっ?
って思った次の瞬間、飛んできたのは母の往復ビンタ。
もちろん力はほとんどなく、弱々しいビンタだったけど
今まで育ててもらって、手をあげたことなどなかった母だったけど

まぎれもなく、最初でさいごの母のビンタでした。

しっかりしなさい
もう私はそばにいてあげられないのだから

そんなことを伝えたかったのかな
ねぇ、お母さん
きっとそうだったんだね
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